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小学校の同級生に、自分磨きにたいへんこだわっている人がいます。 私が締麗になりたいと思うようになったきっかけは、まさに彼女との再会があったから。
小学校を卒業して以来ずーっと会うことのなかった彼女と教習所でばったり。 当時二三歳でした。
女優の葉月里緒莱似の彼女は、身長が一四八センチとたいへん小柄。 教習所でミンクの毛皮を着ていたのは今考えても不自然な話。
あとから納得したのですが、バブル期に六本木のホステスを約一年勤め、月に二一〇万円稼いでいたというだけあって、着ているものも化粧もそれはそれは派手。 一人暮しをしている彼女の部屋を訪れると、まさにトレンディドラマに出てくる部屋そのままで、間接照明にウォーターベッド、レザーのソファーに大理石のテーブル、さらにカウンターまであるのです。
その部屋で過ごす時間はまるで夢を見ているのか、別世界に来てしまったと錯覚するくらい衝撃的でした。 彼女は私の化粧があまりにもひどいのですべてやり直したいと、いきなり鏡張りのクローゼットの中からパスロープと大きなリボンがついたタオル地のターバン(ヘアバンド)を取り出して、さっさと着替えて顔を洗うように指示しました。
まるで高級ホテルにでも泊まっているかのような、真っ白な肌触りのいいタオルで顔を拭いていると、「あー、もう、ダメ、汚れが落ちてないからやり直し」と厳しいひとこと。 結局三回も洗顔するハメになり、やっと合格をもらうと、今度はプロのヘアメイクさんも顔負けのメイク用品がぎっしり入った引き出しの中から、目、口、鼻の穴のあいたフェイスシストを取り出して、冷蔵庫で冷え冷えになった、『リンサクライ』と呼ばれる化粧水を浸しはじめます。
それを顔にのせること五分で、私のシートはまたたく聞に乾燥。 五分も経たないうちに化粧水が肌に吸い込まれてパリパリ状態になったのです。

それに比べて乾燥肌の彼女は吸収力が悪く、シートはピシャピシャに濡れたまま。 「代謝がいいんだね、脂性が羨ましい」という友人。
それは本当のオイリー肌がどれだけつらいかをわかっていないから言えることで、どれだけ不快か、どれだけ気分が悪いか力説すると、さらに彼女は乾燥によるシワがどれだけつらいか、どれだけ肌がヒリヒリして痛いかを切々と話しはじめました。 肌質が両極端に違う私たちは、肌のことで熱く語り続け、気づくと深夜三時を回っていたのをよく覚えています。
そのときに使った化粧水は乾燥肌用で、私にはベタついたものの、肌に馴染ませるとしっとりして艶が出てきたのには大感激。 短大生のころから使っていたKの雪肌精』にマンネリを感じていた私は、肌に新たな刺激を与えるいいきっかけになったと、朝起きたら絶対にリンサクライの化粧水を買うのだと決意して、生まれてはじめてウオータベッドで眠りにつきました。
世の中には全身全霊でコスメフリークに徹している女性がいる、こんなにも身近にと、本当にカルチャーショックを受けたものです。 この日をきっかけに、ニキビ肌、オイリ―肌を克服しよう、締麗になろう、と自分自身に誓ったのです、この時まさに二三歳。
少し遅い美の目覚めのはじまりでした。 普通肌用のリンサクライの化粧水を使いはじめて二、三日で、私の肌の調子がぐんぐんよくなっているのを察知した母は、同じ化粧水を使ってみたいと興味津々。
以来、母はなんと愛用して今年で七年目に突入。 使えば使うほど肌に馴染んで、皮膚の内側からよくなる感じがするとリン一筋。
ところが私が使うようになって化粧水も残り半分まできたころのこと。 素肌に常にベタつきを感じるようになったのです。
化粧水のあとに乳液や保湿クリームといったものを一切馴染ませていないのに脂っぽくなるのは、確かに代謝がよくなっている証拠。 そこで思いきって肌水を吹きかける程度の簡単なケアに切り換えてみると、どうでしょう。

肌は内側からイキイキして脂っぽさも減り、艶が出るようになったのです。 ということは、まさにリンが健康肌に導いてくれたのでした。
それから六年経った九九年の冬、頬のあたりが一部乾燥して、何をやっても調子がよくならず、私は真剣に悩んでいました。 そんな矢先、透き通るような肌の友人に、どこの基礎化粧品を使っているのか聞いてみると、リンサクライの『敏感肌用化粧水」だと教えてくれたんです。
自分の肌質が敏感肌だとは考えたこともありませんでしたが、そんな化粧水があるんだと、久しぶりにデパートのカウンターを訪ねてみました。 するとちゃんと私の名前が名簿に残っています。
あれから六年。 「前回は普通肌用ですけど、肌質もだいぶ変化してきていますし、ぜひお試しください」と勧められ、迷わず敏感肌用を買いました。
それが私の肌に合っていたんですよ。 今使っているもので三本目。
母の言葉、使えば使うほど内側からよくなるという、そのよさがはじめて実感できました。 自分で思っている肌質と化粧水に記載されている肌質が、必ずしも一致するとは限らないものです。
また年を重ねるごとに肌質が部位別に変わっていくのを意識することも、自分に合う基礎化粧品選びの基準になります。 ミノンの洗顔料は世界一「ミノンの洗顔料ってすっごくいいの、皮膚科の先生も勧めてるのよ」歌のレッスンに通っていたころのこと。
発声練習中、中学三年生だった私にひとつ年上の先輩がピアノから身を乗り出して教えてくれました。 歌のレッスン、私は小学校一年生から社会人になるまで合唱を習っていたのです。
通っていた中学校の校則が異常なほど厳しく、おしゃれして行くなんて絶対にできなかったため、同じ年ごろやさらに年上の、違う学校に通う女性が集まる合唱グループは、もうひとつの学校に通っている感覚でした。 海外の演奏旅行があったり、タレントさんのバックで歌ったり、CMをレコーディングしたり、同世代の人が経験できないようなことをたくさんしていたので、それはそれは毎日が刺激的。

そんなわけで人前で歌う機会も多く、お化粧をすることが半分義務づけられてきます。 先輩の中には中学生でベースからきっちりメイクしている人もいて、本番前は大活躍。
アイラインを入れると目元がはっきりするということを教えてくれたのも、その先輩でした。 中学三年生というと、ちょうどおしゃれに目覚めるとき。
洋服やバッグ、靴に至るまで、母親の趣味を脱皮して、友だち同士で洋服を買いに行くようになるのもまさにこのころ。 ついこの間までソックスを履いていた後輩が、いきなりストッキングを履いてきたり、聖子ちゃんカットや黒ブチメガネで、アイドルのプライベートファッションを参考にする人も続々増えていきました。
当時の私といえば、小学四年生でビューラーや口紅をポーチに入れて、中学一年生でハイヒールなんて履いていたので、お化粧しても誰からも驚かれることもなく、年上の先輩方グループが遊びに行くとき、「あっこは大人っぽいから大丈夫だよ、一緒に行こう」と、パパに連れて行かれたことも。 未だに笑い話になりますが、私が通っていた学校は、当時全員おさげをしなければならないという規則がありました。
しかも前髪を切ってはいけないんですよ。 私が記憶するに、当時全国でそのような校則がある学校は川村と山脇のみ。
しかも私は川村、いとこ二人は山脇で、三つ編みファミリー。